退職金3,000万円を受け取っても、すぐに全額を運用してはいけません。
退職金は臨時収入ではなく、これから入ってこなくなる給与を先にまとめて受け取った生活資金です
※会計上は、退職金は給料の後払いとなりますが、本筋が逸れるので会計上の概念はここでは触れません
最初に決めるべきなのは商品ではなく、相場が下がっても生活費のために売らずに済む運用額です。
退職金3,000万円だけを見ても、運用額は決められない
退職金の入金後、預金残高が一気に増えると、自分の資産が増えたように感じます。
しかし実際には、給与収入が途絶えた後の生活を支えるお金です。
退職直後は、旅行や自宅のリフォーム、車の買い替えなどで支出が増えやすくなります。時間ができたことで財布が緩む人も少なくありません。ここで3,000万円すべてを「余ったお金」と考えると、その後の生活設計が崩れます。
まず確認すべきは自分の資産の全体像です。
- 退職金以外の預貯金
- すでに保有している株式や投資信託
- 退職後の年間生活費と臨時支出
- 65歳までの給与収入
- 夫婦2人の年金と、どちらか一人になった後の年金
つまり「退職金3,000万円のうち何割を投資するか」ではなく、資産全体から将来使うお金を差し引いた残りについてどのように運用するかを考えましょう。
動画でも詳しく解説しています
退職金3,000万円を受け取った後、何から考えるべきかを動画でも解説しています。NISA、手数料、夫婦の年金、65歳までの収入、3具体的な数字を使って説明しています。
Youtube動画:退職金3,000万円、どう運用する?すぐ投資する前に知るべき5つの注意点
NISA枠を埋めることを目的にしない
NISAを使うこと自体は悪くありません。問題は「枠がもったいないから、今年中に投資しなければ」と考えることです。
現在のNISAは、つみたて投資枠と成長投資枠を合わせて年間最大360万円、生涯の非課税保有限度額は1,800万円です。非課税保有期間にも期限がありません。
NISAは利益に税金がかからない制度であって、利益を保証したり、損失を防いだりする制度ではありません。
NISAを使うかどうかは投資をするにあたって、一番最後に決めれば良いことです。
- 生活費や近い将来の支出を現金で確保する
- いくらまでなら下落しても生活に影響しないか決める
- 目的に合う商品と資産配分を決める
- 最後にNISAを使えるか確認する ←最後に決めること
投資するタイミングでなければ、NISA枠を使わない年があっても構いません。
非課税枠を埋めることより、不適切な商品を買わないことのほうが大切です。
手数料最安値を追うと、かえって損をする
私は証券業界で16年間仕事をしてきましたが、手数料だけで商品を選ぶと、別の大きなコストを見落とします。
確認したい落とし穴は4つです。
最安商品を優先してポートフォリオがいびつになる
信託報酬の安い商品だけを集めた結果、株式に偏ることがあります。
3,000万円に対する年0.1%のコストは3万円です。一方、3,000万円分の株式が30%下落すれば、評価損は900万円です。3万円を減らすために、本来必要な安定資産を外してしまえば、本末転倒です。
手数料は重要ですが、資産配分を決めた後、その役割を担う商品の中で比較するものです。
最安商品への乗り換えで含み益への税金が発生する
課税口座で保有する商品を売却すると、含み益に税金がかかる場合があります。
たとえば、取得額2,000万円の商品が3,000万円まで値上がりしているとします。含み益は1,000万円です。これを売却すると、税率20.315%で単純計算した税額は約203万円になります。
乗り換え先とのコスト差が年0.5%なら、3,000万円に対する節約額は年15万円です。税金およそ203万円を手数料差だけで回収するには、およそ13年半かかります。
純資産総額が小さい商品は繰上償還の可能性がある
信託報酬が安くても、純資産総額が小さく、資金流出が続く投資信託は、繰上償還によって運用が途中で終わる場合があります。
残高が少ないだけで必ず償還されるわけではありませんが、目論見書や約款に定められた口数を下回るなど、所定の条件に該当すれば繰上償還が行われることがあります。
繰上償還になってしまうと、その時点で強制的に現金化され、その商品の運用は終わりになってしまいます。
長期投資前提で運用していたにも関わらず短期で運用が終了してしまう、なんてことになりかねません。
最安商品を集めた結果、配偶者や子供が管理できなくなる
数千円、数万円の手数料差を求めて、複数の金融機関に口座と商品を分散させる人もいます。しかし、本人が認知症になったり、病気になったり、亡くなったりしたとき、残された配偶者や子供達はすべてを把握できるでしょうか。
どこに口座があるのか。何を保有しているのか。生活費が必要なとき、何から売ればよいのか。
家族が管理できなければ、安い手数料で得た利益を相続という出口で吐き出してしまうことになります。
退職後の運用では、残された家族にとっての分かりやすさも考慮してほしいと思います。
共働き夫婦は、一人になった後の年金を試算する
夫婦ともフルタイムで働き、ほぼ同額の年金を受け取る家庭は注意が必要です。
私自身、父が亡くなった後の手続きを通じて、この点を実感しました。65歳以上の夫婦を想定し、説明用に月額換算した例で考えます。
夫:老齢基礎年金7万円+老齢厚生年金13万円=20万円
妻:老齢基礎年金7万円+老齢厚生年金13万円=20万円
– 夫婦合計:40万円
夫が亡くなった場合、遺族厚生年金の候補額は、夫の老齢厚生年金13万円の4分の3である9万7,500円です。もう一つの計算方法である「夫の厚生年金の2分の1+妻自身の厚生年金の2分の1」なら13万円となり、高いほうが選ばれます。
ただし、65歳以上では妻自身の老齢厚生年金13万円が全額支給され、その相当額について遺族厚生年金が支給停止されます。この例では、妻の受取額は老齢基礎年金7万円と老齢厚生年金13万円の合計約20万円です。
つまり、夫婦で月40万円だった年金が、夫の死亡後も30万円や40万円残るとは限らず、この例では約20万円になります。実際に私の両親のケースではそうなりました。
住居費、固定資産税、車、光熱費などは、一人になっても半分にはなりません。
実際の金額は年齢、生年月日、加入記録などで変わります。
「夫婦2人分の年金がそのまま残るわけではない」というケースを想定・試算しておきましょう。
参考:日本年金機構「遺族厚生年金」
[65歳以上の年金の併給調整]
65歳までの無収入期間を短くする
老齢基礎年金と老齢厚生年金の受給開始は原則65歳です。60歳から繰上げ受給することもできますが、年金額は生涯にわたって減額されます。
60歳で退職すれば、原則の受給開始まで5年間あります。資産に大幅な余裕がある人や、健康上の理由で働けない人を除けば、この無収入期間は短くするほうがよいと考えます。
たとえば、パートタイムで月10万円、5年働けば、合計600万円になります。3,000万円を年4%で運用して得る120万円を5年間続けるのと同じ金額ですが、働いて得る収入には相場の下落がありません。
さらに、相場が下がった年に生活費のための売却を避けやすくなります。
退職後も働くことは、実は最大の資産運用になるかもしれません。
リスク資産の30%下落に耐えられるか確認する
すでに十分な運用資産があれば、退職金から追加投資する必要がない人もいます。
そのうえで、私は次のストレステストを一つの目安にしています。
> 満期保有を前提にした日本国債や、信用格付けの高い円建てストレートボンドなどを除き、株式や株式投信などのリスク資産が30%下落しても、生活を変えず、売らずに持ち続けられるか。
リスク資産が2,000万円なら600万円、3,000万円なら900万円の一時的な下落があっても平気ですか、と言い換えましょう。
「平気だよ、生活に何の影響もない」ということであれば投資額を増やすことを検討してもいいでしょう。
逆に、「いやそんなに減ってしまったら動揺してしまう。一部は売却して様子を見るかも、、。」
このように考える方は投資額が多すぎるので調整する必要を検討しましょう。
30%は将来の下落率を予測した数字ではなく、私が退職後の運用相談で使う安全確認の数字です。
MSCI Worldの米ドル建て指数は、コロナショック時に最大34.03%、2007年から2009年の金融危機時に最大57.82%下落しています。円換算の投資信託では、為替や商品条件によって実際の下落率が異なります。
さすがにリーマン・ショック級の金融危機が頻発することは考えにくいと思うのですが、コロナショック級の急落は10年に1度ぐらいは起きてもおかしくないな、という前提で運用を考えています。
30%下落したときに生活費が足りなくなり、売却せざるを得ないのであれば、運用しすぎと考えられます。
そのため、運用額を減らすか、預貯金や満期保有できる安定資産を増やす必要があります。
退職金3,000万円を運用する前のチェックリスト
商品を探す前に、次の5つを確認してください。
1. 預貯金・退職金・運用資産を合算した総資産はいくらか
2. 今後5年程度の生活費と大きな支出を現金で確保できているか
3. 65歳までの収入はいくらあり、無収入期間は何年あるか
4. 配偶者の死亡後、年金収入と固定費はどう変わるか
5. リスク資産が30%下落しても、売らずに生活できるか
この5つに答えられれば、運用できる金額はかなり絞れます。その後で初めて、資産配分、商品、NISA、手数料を検討していきましょう。
運用商品や担当者をどう見極めればよいか迷っている方は、私が執筆したオリジナルの無料ガイドブック「信頼できるアドバイザーの見抜き方」も参考にしてください。
よくある質問
Q.退職金3,000万円は、全額を運用しないほうがよいですか?
金額だけでは判断できません。生活費、近い将来の支出、65歳までの収入、年金、既存の運用資産を合算し、30%下落しても売らずに済む金額だけを運用します。計算の結果、運用額がゼロになる人も、一部だけになる人もいます。
Q.NISAの年間枠は、退職金で早く埋めたほうが得ですか?
非課税の利点はありますが、枠を埋めること自体が目的ではありません。使う時期が近い資金や、下落に耐えられない資金まで投資すれば、非課税の利点より損失や途中売却の影響が大きくなります。
Q.手数料が最も安い投資信託を選べばよいですか?
手数料は比較項目の一つです。役割の異なる商品を、手数料だけで単純比較してはいけません。
Q.共働き夫婦なら、どちらかが亡くなっても相手の年金を受け取れますか?
65歳以上では、自分の老齢厚生年金が全額支給され、その相当額について遺族厚生年金が支給停止されます。加入記録などによって金額は変わりますが、夫婦2人分の年金がそのまま残るわけではありません。
Q.30%下落を前提にするのは悲観的すぎませんか?
30%は相場予測ではなく、途中売却を防ぐためのストレステストです。退職後は給与で損失を埋めにくいため、起きるかどうかではなく、起きても生活を維持できるかを確認します。
この記事を書いた人
杉山 広 杉山綜合財務管理株式会社 代表取締役/宅地建物取引士
証券会社で16年間、個人・法人の資産運用や資金管理に携わった後、杉山綜合財務管理株式会社を設立。金融商品、不動産、相続などを横断し、個人向けの資産コンサルティングを実施しています。