生活費の半年分を確保して残りは投資に全て回せ
いわゆる半年ルールと言われるようです。
このルールが特定の界隈で広まっているようですが、はっきり言って雑すぎます。
生活費半年分は緊急資金の目安であり、残り全部を投資する根拠にはならないからです。
生活費半年分を残せば、残りは全部投資してよいのか
生活費半年分は、投資上限ではありません。収入が止まったときに生活を維持するための緊急資金です。
「生活費の半年分を現金で残して、それ以外は投資する」という考え方は分かりやすく、一見すると合理的です。しかし、前半と後半は別の話です。
米国の金融業自主規制機関FINRAも、投資を始める前の緊急資金として生活費3〜6か月分を挙げています。その目的は、予期しない支出が発生したときに投資資産を取り崩さずに済むようにすることです。同じ資料では、投資目的、資金が必要になる時期、耐えられる損失も別に確認するよう求めています。
参考:FINRA「Financial Tips for New Investors」
つまり、半年分ルールが答えるのは「収入が止まっても何か月暮らせるか」です。「何千万円を株式へ投じてよいか」ではありません。緊急資金の基準を、そのまま投資上限の基準に流用する。ここに半年分ルールの穴があります。
「余裕資金」でも、1,500万円減れば平気とは限らない
使う予定がないお金と、そのお金が大きく減っても精神的に耐えられるかは別です。
例えば、金融資産5,000万円から現金500万円を残し、4,500万円を株式中心のリスク資産へ投資したとします。相場が35%下落すると、含み損は1,575万円。評価額は2,925万円です。
「35%下落」と聞くのと、証券口座で「マイナス1,575万円」を見るのとでは、心理的な重さが違います。自宅の建て替え、教育費、老後資金、親の介護など、本来は使えたであろう、別の使い道が一気に頭へ浮かぶからです。
しかも、35%下落した資産が元の金額へ戻るには、残った65%から約53.8%上昇する必要があります。35%上がれば元に戻るわけではありません。
下落前なら誰でも「長期投資だから売らない」と言えます。しかし、仕事中も相場を確認し、家族から責められ、悪いニュースばかりが目に入る状態でも同じ判断ができるでしょうか。そこで売れば、一時的な評価損を本当の損失へ変えてしまいます。
証券業界で16年間、個人の資産運用に関わってきた立場から見ると、問題は暴落そのものより、暴落時に動揺してしまったり、不安から解放されたくて底値で売却してしまいかねない、それほど大きな金額を投資していることです。
「余裕資金だから大丈夫」ではなく、「この含み損を抱えても売らないでいられるか」まで確認しなければ、投資上限は決まりません。
35%の含み損を目安に
ここで、私が提唱することは、投資資金が株式市場の急落あるいは暴落によって一時的に35%の含み損を抱えても日常生活に影響がない金額を投資しましょう、という話です。
資産運用をする人が、投資額を決める際に置いておきたいストレステストです。
ここで参考にするのは、米国株の代表的な指数であるS&P500です。下落率は1年間の騰落率ではありません。ショック前の高値から底値まで、最大でどれだけ下がったかを示す「ピーク・トゥ・ボトム」の概算です。
| 局面 | おおよその計測期間 | 下落率 | 主な背景 |
|---|---|---|---|
| 1968〜70年 | 1968年11月〜1970年5月 | 約36% | インフレと金融引き締め、1969〜70年の景気後退 |
| 1973〜74年 | 1973年1月〜1974年10月 | 約48% | 第1次オイルショック、インフレ、景気後退 |
| ブラックマンデー | 1987年8月〜12月 | 約34% | 金利不安と流動性低下、機械的な売りの連鎖 |
| ITバブル崩壊 | 2000年3月〜2002年10月 | 約49% | 割高なIT株の調整、景気後退、企業不祥事 |
| 世界金融危機 | 2007年10月〜2009年3月 | 約57% | サブプライム問題と金融システム不安 |
| コロナショック | 2020年2月〜3月 | 約34% | 感染拡大と経済活動の急停止 |
出所・参考:[S&P Dow Jones Indices「S&P 500 Through.2020年については、S&P Dow Jones Indicesが2020年2月19日から3月23日までの下落率を33.8%としています[SPIVA U.S. Year-End 2020]。表の数値は価格指数を使った概算であり、配当込みのトータルリターンではありません。
35%前後の下落は、コロナショックだけの特殊な出来事ではありません。1968〜70年やブラックマンデーでも同程度の下落が起きています。一方、1973〜74年、ITバブル崩壊、世界金融危機では50%前後まで下がりました。
大幅下落の間隔は5年程度のこともあれば、十数年空くこともあります。次の暴落時期を当てるためではなく、いつ起きても狼狽売りをしなくて済む投資金額を決めるために使う数字です。
私は急落・暴落の通常シナリオとして35%、50%超を危機シナリオとして分けます。
この考え方はYouTubeでも解説しています。
金融資産5000万円、そのうちいくら投資に回せばいいか
金融資産5,000万円の投資額は二段階で決める
最初に資金計画から投資候補額を出し、その後に許容損失からリスク資産の上限を絞ります。
第1段階 時間から投資候補額を出す
まず5年以内に使う予定のお金を外します。住宅購入、リフォーム、教育費、車の買い替えなど、支出の時期と金額が見えている支出です。
次に、年間生活費から給与・年金などの安定収入を差し引き、年間の生活赤字を計算します。生活赤字が年100万円なら、10年分で1,000万円です。日常生活費だけでなく、帰省、旅行、家電の買い替えなど毎年ではない支出も含めます。
さらに、不動産修繕、事業資金、医療・介護など、その家庭特有の予備費を外します。ここまで差し引いて残った金額が「投資候補額」です。まだ、全額を投資してよいわけではありません。
第2段階:耐えられる損失から投資上限を出す
リスク資産の上限=耐えられる損失額÷想定下落率
含み損500万円までなら生活や判断に影響せず持ち続けられると考えるならば、想定下落率を35%に置く場合、投資上限は約1,429万円です。
500万円÷35%=約1,429万円
実際の上限は、次の式で考えます。
投資上限=「資金計画から出した投資候補額」と「許容損失から逆算した金額」の小さい方
| 計算項目 | 金額 |
|---|---|
| 金融資産 | 5,000万円 |
| 5年以内の予定支出 | 700万円 |
| 生活赤字10年分 | 1,000万円 |
| 個別予備費 | 300万円 |
| 資金計画上の投資候補額 | 3,000万円 |
| 耐えられる損失額 | 500万円 |
| 35%下落から逆算した上限 | 約1,429万円 |
この例では、資金計画上は3,000万円まで投資候補にできます。
しかし、許容損失から出した上限は約1,429万円なので、リスク資産の上限は約1,429万円です。残りを現預金、個人向け国債など値動きを抑えた資産へ置く選択肢があります。
必要なリターンが投資上限を超えるなら、計画を直す
「これだけ増やしたい」から投資額を決めると、取るべきでないリスクまで取ってしまいます。
金融資産が5,000万円あり、給与や年金で生活費を賄え、将来支出も準備できているなら、高いリターンを狙う必要はありません。「生活費半年分を除いた残りのお金」は、「投資に使い切るべき枠」ではありません。
耐えられない損失が想定される運用計画は、暴落時に破綻します。
家族が耐えられなければ、その投資額は多すぎる
家計のお金を投資するなら、リスク許容度は本人だけで決まりません。
本人は「一時的な含み損」と理解していても、配偶者には「1,500万円を失った博打」に見えるかもしれません。そこで夫婦関係が悪化し、責められ、安値で売る。投資の損失以上に大きな代償になりかねません。
家族には、投資する金額、35%下落時の含み損、下落時も生活資金へ手を付けず慌てて売らない方針を共有します。家族へ含み損の金額を言えないなら、その時点で投資しすぎです。
計算が面倒なら、この3段階だけでよい
細かな資産配分を考える前に、次の3段階で投資上限を確認してください。
1. 5年以内の予定支出と、生活赤字を補うお金を外す
2. 残った投資候補額を35%減らし、含み損を円で確認する
3. 普通に暮らせるか、家族と揉めないか、安値で売らずに待てるかを考える
35%の含み損を抱えた金額を確認して、「この金額の損を抱えたらちょっとしんどい」と感じたら投資額を減らします。問題がないなら、投資額を増やす余地を検討します。
マーケットが暴落して含み損を抱えても、日常生活を変えず、安値で売らずに持ち続けられる金額。それが投資してよい上限です。
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FAQ
Q:生活費半年分では少なすぎますか?
半年分が必ず少ないわけではありません。会社員か自営業か、収入の安定性、家族構成、医療・介護、不動産や事業の支出によって必要額は変わります。ただし、その金額は緊急資金であり、緊急資金を除いた全てを投資していい、という考えには注意しましょう。
Q:金融資産5,000万円なら、投資割合は何%が適切ですか?
一律の割合では決まりません。予定支出と生活赤字を差し引いた投資候補額を出し、さらに「耐えられる損失額÷想定下落率」で上限を計算します。両者の小さい方がリスク資産の上限です。
Q:なぜ50%ではなく35%下落を基準にするのですか?
35%前後はS&P500で複数回起きた大幅下落であり、通常のストレステストに使いやすいからです。50%前後の下落は世界金融危機級のシナリオです。頻発するとは考えにくいため35%を基準としています。
Q:新NISAの枠は、余裕資金で埋めたほうがよいですか?
NISAは税制上の器であり、損失を小さくする制度ではありません。非課税枠が余っていても、5年以内に使う資金や、35%下落に耐えられない金額まで投資する理由にはなりません。
「NISA枠を使っておらず、もったいないから何か投資しておきたい」という考えに陥らないようにしてください。
最後に
結局、金融資産5,000万円の投資割合は「半年分を除いた残り」では決まりません。予定支出と生活赤字から投資候補額を出し、35%下落時の含み損を円で確認する。その金額を抱えても、生活と家族関係を変えず、安値で売らずにいられるか。ここが投資上限の分かれ目です。
【著者】
杉山 広
杉山綜合財務管理株式会社 代表取締役/宅地建物取引士